小説の一節です (字義どおりにとりすぎないよう お願い申し上げます)
===================
三十年たっても、 彼は結局同じ結論に到るのみだった。 何と言っても、 女の方が男より善良なのだ。 女の方が優しく、 愛情に満ち、 思いやりがあって温和。 暴力やエゴイズム、 自己主張、 残酷さに走る度合いが男よりは低い。 そのうえより分別があり、 頭がよく、 働き者である。
結局のところ、 とミシェルはカーテンに射す陽光のゆらめきを眺めながら考えた。 男は何の役に立っているんだろう。 大昔、 まだ熊がうじゃうじゃいたころならば、 男らしさは特別な、他に代えがたい役割を演じていたのかもしれない。 だが数世紀来、 男はもはや明らかにほとんど何の役にも立っていないように思える。 男たちはその倦怠をテニスの試合で埋めたりしているが、 それだけならば害はない。 しかし彼らはまた時として、 〈歴史を先に進めてやる〉 必要ありと判断する。 要するに革命や戦争を起こしてやろうというわけだ。 革命や戦争は、 不条理なまでの苦しみを引き起こすのに加え、 過去の最良の部分を破壊し、 その都度白紙からのやり直しを余儀なくする。 漸進的上昇の整然とした進行に従わない人類の進化は、 こうして混沌とした、 構造なき不規則で乱暴な展開を示したのである。 こうした一切について、 男たちは (その危険や賭けへの好み、 グロテスクな虚栄心 、無責任さ、 根本的暴力性ともども)、 もっぱら直接の責任を負っている。 女たちの世界はあらゆる点から見てはるかにすぐれているだろう。 それはよりゆっくりと、 しかし規則的に発展し、 全員の幸福へと向かって後戻りせず、 不毛な問い直しに進んでいくだろう。
ミシェル・ウエルベック 『素粒子』 野崎歓訳, ちくま文庫, 筑摩書房, 2006 [原1998] 年, 224-25頁.
===================